海・みなと・70の謎

58. 勝海舟(かつかいしゅう)や坂本龍馬(さかもとりょうま)って神戸に関係があるのですか?

 
海軍操練所跡の記念碑
海軍操練所跡の記念碑

 明治維新の中心人物として幕末の志士たちに大きな影響を与えた勝海舟(かつかいしゅう)は、神戸を拠点に壮大な構想を実現させようとしました。
 1863年(文久3年)、鎖国政策の崩壊により海防の必要性が高まっていた頃、勝海舟(かつかいしゅう)は神戸に海軍操練所(かいぐんそうれんじょ)の設立を提案しました。これは海軍兵学校と海軍機関学校を兼ねたものであり、日本に欧米と肩を並べる海軍を建設するための足がかりを作ろうとしたのです。翌年の1864年(元治元年)から勝は生徒の募集をはじめますが、幕府に反対する者でも入所を認めたことが問題となり、わずか1年で操練所は閉鎖されてしまいます。
 操練所の開所期間は非常に短かったものの、その間に坂本龍馬(さかもとりょうま)、陸奥宗光(むつむねみつ)など新しい時代を担う人々を育て、日本の海軍の歴史にも大きな足跡を残しました。
 海軍操練所(かいぐんそうれんじょ)跡は現在の中央区新港町にあり、錨(いかり)の形をした記念碑が建っています。